シニアライフは気ままに
定年後のシニアライフを気ままに過ごしている平凡な”おじさん”の日記です。 旅行、写真、ゴルフ、パソコン、孫たちなどの話を気ままに綴ってみました。
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写真を加工して遊ぼう
徒然なるままに、日暮しパソコンの前に座りて、写真を加工してみました。
皆さんはどれがお好きですか?
一番下の写真がオリジナルです。

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@自宅   5月30日
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恐怖の2日間
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23日ゴルフをしている最中に歯の痛みを感じたので、プレー終了後いかかりつけの歯科医に予約を入れた。生憎翌日は休診だったので已む無く翌々日の朝10時の予約となった。その時点ではたいした痛みでなかったので、1日あけても大丈夫だろうとタカをくくっていたのが大間違い。夜中になって痛みで目が覚めてそのまま眠れぬ夜をすごした。翌朝近所の薬局で症状を話し、買い求めたのがこのナロンエースという錠剤だ。確かに良く効いて5~6時間ぐらいは痛みから解放される。結局歯科医に診てもらうまでに4回服用することになってしまった。副作用が心配だったが当座の選択としてはやむをえない決断だった。とにかく薬が切れると痛くて何もしていられないのだ。三度の食事も流動食に近いものだけにして早々に寝てしまった。(夜中に薬が切れて4度めの服用をした。)
翌朝歯科医で治療を受け、帰宅すると身体が妙にだるく、寒気がする。昨夜あまり寝ていないせいだろうと思って、そのままベッドにもぐり込んで寝てしまった。夕方目を覚ますと汗をベットリかいていた。不審に思い体温を計ると、何と9度3分だ。ビックリしてすぐに近所のかかりつけの医者に行くと、風邪の症状も鎮痛剤の副作用らしき症状も出ていないと言う。とりあえず抗生物質とロキソニン(解熱剤)をもらって食後に服用してまたベッドにもぐり込んだ。
ベッドでラジオを聞きながらものすごい量の汗をかいて、夜中に熱を計ると37度まで落ちていた。着替えをして朝までぐっすり眠って再び体温を計ると36度1分だ。一晩で復帰できたのだが、なんとも恐ろしい2日間であった。
しかし発熱の原因は未解決のままだ。普通、鎮痛剤は解熱剤の役目も持っている。鎮痛剤による副作用に対して解熱剤を服用すると言うことは副作用を助長するのではなかろうかと思うが、復調できたのだからあまり詮索せずによしとしよう。
また遊んじゃいました
今日はブログの話題が無かったので、いたずらを載せました。
お許しください。


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  さくらんぼ

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   はすのはずです


遊んじゃいました
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ある人のブログを見て私も遊んじゃいました。
癖になるかも
伊奈町の薔薇
今年も伊奈町の薔薇を見てきた。約150種4000株を越えるバラが、色とりどりの花を咲かせ、まさに百花繚乱。その規模と美しさは一度は訪れる価値があるだろう。五月晴れの空ときらめくような陽光の下で美を競っていた。
写真を撮るにはちょっと日差しと風が強かったが、何度来ても感動を与えてくれるところだ。
個人の名前を冠した薔薇をいくつか紹介しよう

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 クイーンエリザベス

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 プリンセスミチコ

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 プリンセスダイアナ

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 ジーナロロブリジーダ

@埼玉県伊奈町 バラ園   5月20日
懐かしの増田三男先生の作品
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いつも散歩コースとして立ち寄る北浦和公園内の「埼玉県立近代美術館」で 「埼玉の美術家たち-100年の軌跡」 という展覧会をやっていた。なんと40数年前に浦和高校で工芸の授業を担当いただき、一年生の時にはクラス担任までしていただいた増田三男先生の作品が展示されていたので大変懐かしい気持ちでいっぱいになった。 増田三男先生といえば、東京美術学校金工科彫金部を卒業され、1962年より、日本伝統工芸展に出品し各賞を受賞。1991年に、彫金で人間国宝に認定された偉大な方です。銀、銅、黄銅、鉄などを打ち出して成形した壺や箱に、自然からヒントをえた模様を彫り込んだ、季節感に富んだ作品が多く、とくに鍍金をほどこした作品が素晴らしいといわれています。 98歳になられた今でも浦和の工房でお仕事をなされているとお聞きしています。
そんな立派な先生に高校時代に工芸の授業で、道具箱から始まって、椅子、本棚、洋服箪笥の製作を指導いただいたことは大きな誇りです。今でも私の家には高校2年生の暑い夏に、学校のプールのそばの工芸室で水泳パンツのまま、製作に励んで完成させた洋服箪笥が残っています。

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金彩銅壺山茱萸と鷽(きんさいどうこさんしゅうとうそ)1971
この作品は銅版から打ち出した壺に、くさび形の鏨(たがね)跡を連ねて線に見せる蹴彫(けりぼり)で、山茱萸、鷽、蝶を刻み、水銀と金の合金を鍍金した、増田独特の金彩を施したものです。  (展示解説より)

@埼玉県立近代美術館     5月18日
ちんどん屋
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北浦和の駅のそばで、珍しく「ちんどん屋」を見かけました。

「ちんどん太鼓」と言う楽器を使って練り歩くことから「ちんどん屋」と呼ばれたようです。ちんどん太鼓は平太鼓・締め太鼓・鉦の3つを組み合わせた、いわば日本のドラムセットみたいなものですが、完成品はどこにも売っていません。ちんどん屋さんは自分で作ります。だから全部形が違そうです。楽器の編成は、「ちんどん太鼓」に加え、三味線、クラリネット、トランペット、サックス等が メロディの演奏を担当します。大編成の場合、他にもアコーディオンやギター、トロンボーン等の様々な楽器が編成に加わることもあります。 これらの編成に特定の決まりは無く、その都度変動します。
ちんどん屋という言葉ができたのは、昭和に入ってまもなくの頃でちんどんという楽器もだいたい同じ時期に登場しました。その後、無声だった映画がトーキーになり、そこで働いていた楽士が職を失ってしまいました。また大衆芝居が映画にとって代わり、役者もまた失業しました。そんな背景から楽士や役者がちんどん屋に参加し様々な要素を加わっていき、昭和30年代頃まで活躍しました。小生が子供のころは良く見かけましたね。一緒に付いて行って迷子になってしまい、家のものが大騒をして探してくれたことを覚えています。かなりこっぴどく叱られました。
しかしその後TVなど宣伝媒体の変化によってちんどん屋の数は、ぐっと少なくなってしまいました。一時は廃れたちんどん屋ですが、現在の高度情報化社会のなかで、ちんどん屋のもつダイレクトなコミュニケーションが見直されています。宣伝やPRの手段として、ちんどん屋に注目している大企業もあります。ちんどん屋は、伝統的なちんどん太鼓の技術を受け継ぎながら、マスコミ出演、海外進出、ライブ出演など、時代にあわせた新しい活動を展開しています。

以上、ちょっと調べてみました。


足利史跡散策
フラワーパークを早々に切り上げて、歴史の町足利へ行こうと思って徒歩でどのくらいで行けるかとパークのスタッフに聞くと、タクシーで行っても20分はかかりますよと一笑に付されてしまった。パークの最寄の富田駅からJRで一駅なのでたかが知れていると思いきや、地方の一駅は区間距離が長いのだ。大それたことを考えたものだ。
ここ足利市は、京都に室町幕府を開祖し天下を統治した偉大な政治家足利尊氏のゆかりの地で、清和源氏の流れをくむ足利氏発祥の地である。市内の随所に多くの関連する社寺が残り、史跡に恵まれた心和む地だ。
パークからタクシーに乗って、運転手さんにそばのおいしい店”一茶庵”に連れて行ってもらった。我々は20分待ちで食べることができたが、勘定を払うために出口に行くと、長蛇の列ができていた。ちょっとのタイミングで運に恵まれたことを実感した。
市街を一望に見渡せる小高い丘の上にある織姫公園の上ると日差しは強かったが初夏の風は涼しく、後のスケジュールの鑁阿寺や足利学校見学のための活力を与えてくれた。

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 尊氏の6代前の先祖の義氏が建立したといわれる法楽寺。案内書やネットにも載っていない清楚なお寺だが、銀閣寺を彷彿させる佇まいがとても印象的だった。

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 織姫公園から眺めた足利の街並み。中央の緑の部分が鑁阿寺や足利学校のあたりであろうか(?)

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 源姓足利氏2代目義兼が建久7年(1196)に自らの邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を奉ったのが始まりで、堂塔伽藍を整備して足利一門の氏寺としたと言う。本堂左に見える樹齢600年の大銀杏の幹周りは4m。

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 足利学校の創建については様々な説があって、現在も解明されていないが、室町時代中期に上杉憲実が関東管領になると学校を整備し、書籍の寄進や庠主(校長)を招き入れ、学生の養成をしたのはあきらかになっている。16世紀の初頭には生徒は三千人を数え、フランシスコ・ザビエルによって海外にも紹介されたそうだ。

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 教材として論語がよく読まれたようで、孔子の像や論語のたて屏風などが残っている。小生も「論語抄」を購入して、帰りの電車で読んでいるうちに微睡んでしまった。
      子曰わく、過て改めざる、是を過と謂う。

@足利市     5月8日
足利フラワーパーク
大宮発8:23の快速ラビットで小山駅9:00着、両毛線に乗り換えて富田に着いたのがちょうど10時。 改札口は連休の明けるのを待ち構えていたシニアのグループでいっぱいだ。そこから徒歩10分で足利フラワーパークに到着。右を見ても左を見てもシニアばかり。みんな本当に元気だ。かく言う小生もシニアなんだからしょうがない。 園内はかなりの人手だが昨日までの連休期間はこんなものではなかったとのこと。

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 シニアは行儀がよい。 歩道を行列を作って延々と歩いていく。

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 まさにこれぞ世界が息を呑んだ美しさ。樹齢140年の大藤は見事と言うほかは無い。

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 白藤もほぼ満開となって清楚な美しさを見せている。

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 このパークの特徴は花の種類の豊富さだ。白藤の手前には色とりどりのポピーやピルナスが負けじと覇を競っている。


@足利フラワーパーク  5月8日

久しぶりのピートダイVIPコース
GWの連休中はどこへ行っても混んでいるのでサンデー毎日の身はひっそりとご近所の穴場で写真を撮っていたが、連休も空け、昨夜来の雨もあがってさわやかなゴルフ日和を敢えて家で過ごすわけには行かないので出かけてしまった。 実を言うと前から予約をしてあったのだが。。。 ちょっと遠いのが難点だがコースの戦略的な面白さと料金の安さで馴染みにしているのがピートダイゴルフクラブVIPコースである。宇都宮ICから日光有料道路に入って大沢ICで降りて15分。目に沁みる新緑の中にところどころ色とりどりのツツジが絵のように美しい。こんな素晴らしいコースが食事付で5,000円とは信じられますか? 連休明けの月曜日特別サービスデイなのだが、通常でも平日は6,000から7,000円でプレーできるのだ。 このブログでは敢えてスコアについては触れないことにしているので悪しからず。 

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 随所に池が配置されていていやでも戦闘意欲を煽られる。

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 ティーグラウンドのツツジの生垣が心を和ませてくれる。

@ピートダイゴルフクラブVIPコース  5月7日
山菜の季節
今年も群馬県伊香保温泉近くの里に住んでいる友人から「春山の自然の恵み」を贈っていただいた。タケノコ、コゴミ、ノビル、タラノメ、フキなどである。今日からしばらくの間これらの山の幸を毎日食することができると思うと思わずヨダレがたれてしまう。

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 上から ノビル(ゆでて酢味噌で食べるとうまい)、 左下 コゴミ(早速お昼にオシタシにして食べた。) タラノメ(何といっても天ぷらだ)

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 タケノコの皮むきと、ノビルの薄皮剥きは私の仕事。


@自宅  5月5日

クラフト・マーケット
身内が参加して展示販売をするというのでクラフト・マーケットに行ってきた。身内と言っても息子の嫁さんが友達と共同で開いたNET上のお店のお披露目のようなものなので、家族総出での応援もかねての訪問だ。展示初日だったが、女性客とそれに連れられた男性などで結構賑わっていた。
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これが展示即売用の店舗です。

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商品サンプル1

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商品サンプル2

5月6日まで下記の場所で実施しているので興味のある方はどうぞお出かけください。
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@クラフト・マーケット 新宿パークタワー 5月4日
植木の里安行を歩く 金剛寺
安行には古く由緒あるお寺がたくさんある。金剛寺は蜜蔵院と並んで私の好きなお寺で、幾度と無く訪れている。
金剛寺は曹洞宗の寺で、明応5年(1496)に中田安斉入道安行が開基したと伝えられ、寺名も安行が金剛経を信奉していたことに由来している。
 この寺は、かつては僧侶修行道場の格式を持っていたが、現在では「お灸の寺」として広く知られている。
 ここの墓地には、「安行苗木開発の祖」として知られている吉田権之丞の墓がある。彼の人となりについては、文献等の資料がないのではっきりしないが、言い伝えによると、権之丞は、若いときから草花や盆栽に興味を持ち、珍しい草木を集めてこの地に栽培したところ、土質・風土が適合し、その生育がよかったので、これらの苗木の育成に当たったという。権之丞の子孫である吉田家は、現在も安行地域で植木業を営んでいる。

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 両側に大木が立ち並ぶ参道から山門を望む。
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 シンメントリーに構えた金堂

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 無彩色の建物にピンクの牡丹がアクセントを与えている。

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 藤棚から金堂を眺む。

@安行 金剛寺    5月2日

植木の里安行を歩く  花と緑の振興センター  その2
花と緑の振興センターは道路を挟んで2箇所に分かれている。今日掲載した写真は管理棟のある側の花木で、こちら側は展示というより栽培を旨としているようだ。  

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 ツツジを前景に藤棚を望む。

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 藤の甘い香りに誘われてたくさんのクマンバチが蜜を吸っている。

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 西洋シャクナゲが数種類思い思いに咲いている。

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 梅林の下にはタンポポが子孫繁栄のために種を実らせ、風の来るのを待っている。

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 シロバナマンサクは白い雄しべの花糸が目立つ花穂を枝先に咲かせ芳香を放っている。


@安行の花と緑の振興センター  5月2日 
植木の里安行を歩く   花と緑の振興センターその1
安行の植木の起源は、約380年前の江戸時代に、関東郡代が川口の赤山に館を移し、洪積大地に植木や花の栽培を奨励したのが始まりといわれている。植木が広く栽培されるようになったのは、江戸の明暦の大火の後と言われ、東京駒込等の後方補給基地として栄えた。
明治18年に、苗木等の病害虫防除用の燻蒸室を全国で初めて安行村に設置し、昭和初期には栽培技術の開発と東京に近く販売に有利であったため、安行地区を中心に栽培戸数が増し、全国で最大の植木生産地に発展した。( HP ”さいたまワッショイ―安行の植木”より)

小生の好きな ”花と緑の振興センター”はこの安行の地で昭和28年に「植物見本園」として開園し、以来、植木・果樹などの生産出荷の指導、盆栽等の輸出振興、また緑化講座、電話相談などを通じ、埼玉県民の緑化に対する知識の向上等に努めている。 ここも駐車場および入場料無料なのが嬉しい。

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 うさぎの耳のような、愛らしい苞葉をつけた ラベンダー'Avon View'

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 黄色い蝋梅とは違い初夏に咲くクロバナロウバイ。 イチゴの香りがするが、痙攣を伴う残酷な毒性を持っている。

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 ヨーロッパ原産のセイヨウトチノキ(マロニエ)と北アメリカ原産アカバナトチノキの交配種である ベニバナトチノキ。  トチノキとは「土地の木」からきている。この土地の木という意味で、いろいろなところで街路樹などとして昔から親しまれている。

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  カルミア オズボレッド  開くと花の内側がピンク色の美しい花だが、つぼみは鮮やかな紅色で印象的。

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 この花の名前はわかりません。このセンターは花木や果樹がメインで草花に関しては名称が記されていません。お分かりの方はお教えください。

@花と緑の振興センター   5月2日


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気ままなおじさん

Author:気ままなおじさん
定年退職したゴルフと旅行とパソコン好きのオジさん。
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